いつも

風が強い日だった、髪がたなびく。
ただの雑居ビルの屋上で時間がくるのを待つ。
この男はドフトエフスキーの罪と罰を読んでいる、
それは何故か?多分意味は殆どない。

雨が降り終わった後の風は、
寒さを纏い凍えるように身体を冷やしていく。
指も悴むように寒い日、
指が動かなくなることは男の仕事としては良くないことだ。

掌を見る男は、指を開いたり閉じたりを繰り返した。
その時小さくアラームの音が鳴る、
背広の内ポケットから連絡用のPHSを取り出しアラームを消す。
PHSを仕舞うと同時に読んでいた本も片付けた。

額からゴーグルを下げ、
左縁の"Position"のボタンを押す。
赤黒いゴーグルは、顳顬、眉間の間をゆっくりと詰める、
水中ゴーグルの様にピッタリと合う。
ゴーグルのレンズから覗くと何も見えない、
男が瞬きをすると、シャッターが開いたり閉じたりをする様にカシャカシャとレンズが反応する。

ゴーグルの右縁にある、"Zoom"を押すとレンズ越しにモニタリングされ表示される。
レンズの向こう側を右手で表示された項目をタップする、
だけどそれは側から見たら、空虚を押しているだけだ。

タップした際にレンズは被写体を大きく映し出すように距離を詰める。
男はタップをし、人差し指と親指を抑えそれを上下に離す。
すると、より距離が詰まり大きく物がレンズに映る。

それを数回繰り返すと男はその行動を止めた、
瞳孔がゆっくりと動く、男は見ている者が何かわかった。

男はゴーグルを巧みに操り、
映った被写体を逃さない様、GPSでマーキングをし場所を記録した。
ポンと右手でゴーグルの縁を触ると、
今までズームされていたレンズは手前の光景に戻った。

男はビルの屋上に似つかわないスナイパーライフルを備えていた、
準備を終えたガジェットは冷たく使命を果たすのをただ待っているだけのようだ。
三脚に据えられたライフルを腹ばいになり構える。

GPSでマーキングされた情報をライフルにインストールする。
手前を映すレンズは、
ゴーグルの右縁撫でるだけで先ほどのズームした映像を再度目の前に切り替えた。

GPSマーキングのお陰でライフルが自動補正をしてくれている、ただ引き金を引くだけの状況になった。
マークされた被写体をライフルが小刻みに追いかける、
レンズに表示された情報は距離、風のメートル、
それと緑色に数値化された表示。

その表示は時折、赤く0を示し、アナウンスが流れている。

"現在、0.8、目標に対し被弾率低下"
"現在、0.1、0、100%被弾します"
"0.9、現在確率低下"

それを繰り返していた、
男はアナウンスを切り集中した。
レンズ越しに映る全ては、完璧に重なり合わない限りそれを達成できない。

ライフルの左側にメーター表示があり、
MaxからMin、指で細長い液晶パネルを撫でる。
それが何かは分からないが、
数値化された表示と合わせて左右に微かながら動かしていた。

0.5、0.3、0.8、1…

呼吸を整える、被写体の男は長くそこにはいない。
それは分かっている、でも俺は失敗できないんでな。

風は未だ冷たい、
指の感覚がなくなる前に終わらせたい。





引き金をゆっくり引いた。

雷霆を告げる音

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