無邪気な笑顔

僕はなんでもない高校生で、普通の生活をして、冴えない友達と遊んで。

そして女を知らない。

そんな童貞がなにをするか?
いーや何もしない、て言うか何も出来ないのが正解だろう。

でもムッツリだからこそたまにやってしまうのが、水泳部の練習風景を体育館の二階から覗くことだ、
そしてそれしか出来ない。

そこにはヤンキーと分けられてしまう人も居るが大概は誰もいない、
体育館は他の部活動もしているので指導係の先生が顧問としているのでヤンキーにとっては目の敵だ。

だからこそこんな冴えない奴は、
ここに忍び込めるのだ。

それにしても今日は暑い、
体育館は異常なほどの熱気と怒号が激しく、
汗が枯れるほど体内から水が出て行く。

そんななかのプールとはとても涼しそうで、
魅惑の空間だ。

でも今日は暑すぎる帰ろう、
帰ってゲームでもして、風呂入って、オ、ううん。

引き上げる前に、あの子を見たい。
ここからは多分見れない、何故か?
その子は水泳部のエースであり、すごく練習熱心で水中から浮上するのが極めて稀だ。

冴えない男はそれでも彼女が見たいが、
ここに居ては熱中症になる、外に出よう。
やったことはないが、体育館裏の木によじ登るか!

こそこそと体育館を出て裏に回る。
そこにはプールとの間には塀があり大体3メートルだろうか、
そこに都合がいいことに2メートルぐらいの細い木がある。

今日はなんだ、暑さのせいか、若さの果てなのか絶対に登ってみたい。

ガサガサと登る、折れないように慎重に。
蛆虫も、セミも、蜘蛛も虫だらけだし、
普通は嫌だと思い登らないけど青春を謳歌出来てない人間にはそんなことどうだってよかった。

それでも胸の高鳴りと緊張がピークだった。

暑さのせいだ。

木の一番上、横に伸びた枝に脚を掛けて立ち上がった。
そこで背伸びをし、コンクリートの壁の向こうを見る。

その灰色の壁からひょこっと出た僕の頭は、彼女を探す。
人生とはなんと偶然の連続であろうか?
僕が頭を出した瞬間と同時に水中から浮上したのは、
健やかで伸びやかな笑顔が光るあの子だ。

彼女はプールの縁に打ち上げた身体を休めるように、座った。
僕がいるこの心許ない木はプール横にあるのだ、
しかもプールの4コース目だけが見える。

彼女がいるのが4コースだ。

水中メガネを取る彼女は、
暑さから解放された人魚なのか?
水泳帽も取り、髪を解く。

水が髪から迸る、
彼女が深呼吸をし隣のレーンの子と話をするかのように横を向いていた。

彼女の笑顔は本当に吸い込まれそうで、
恋に落ちてしまいそうだ、誰でも見惚れてしまいそうな…

今目があった。

彼女は何故か僕に満面の笑みを浮かべて、こちらに向けてピースサインをした。

その瞬間笛の音が鳴った。

僕は緊張と恥ずかしさと心が踊っているのがハッキリとわかる。

「おい!お前何してる!」

僕はそこで現実に戻された。

夏の暑さは冴えない男に勇気をくれたのだろうか?
悔いはまるでなかった。
でも明日からどうしようか。

雷霆を告げる音

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