こんな小さい店内で何故か、
重大なことを任されてしまった。
この店がお客の思い出の場所で、2人ともが気に入ってるからと言っても、私には荷が重い。
「マスター、今日は大事な日になるんだ!
マスターは知らないふりをしながらフォローお願いします」
そして彼から赤い小さな箱を渡された。
「この箱を合図出しますんで、一緒に出してください」
はい、と返事をしたがこんな演出をしたことがないから、
ハッキリ言って彼より私の方が緊張する。
そんなことを考えていても時間とは過ぎるのが早く、
彼らは何事もないようにお酒を楽しんでいる。
彼からは合図がないので再度箱の確認をしておこう、って。
あれ?
確かここにあるはずだけど、
うん?まぁまぁ…
探すが、ない。
どうしようか、焦りが顔から滲み出てきそうだ。
脂汗が止まらない、
若干の手の震えに増して動揺する。
待て待て、焦るな落ち着け、
順を追って思い出してみよう。
彼らが来て、確かにあの棚に置いた、
それで注文がいくつか入り準備する。
その間にシャンパンとウイスキーの確認もしててその時箱も同時に見てる。
それから彼のフォローをしてて、
私がトイレに行ったあと、それが今だけど。
なんで無いんだ!
「マスター、シャンパンお願いします」
マジか…合図がきた、無いよ大事な物が!
どうしよう!
テンパってても仕方がない、シャンパンを準備しよう。
グラスとシャンパン、本来なら箱もだけど…
いやいやそのまま出せるわけねーよな!
どうした考えろ!集中だ!本当に棚に置いたか?
仕方ない、まずはシャンパンを出そう。
彼らにシャンパンを出し、グラスに注ぐ。
彼女は物珍しそうに彼に言った。
「なんでシャンパンなんかを?しかもあるんだね」
彼は私を見る、私は動揺を隠せない。
彼は私に訴えている、あれを出せと、
わかってる!わかってるけど無いんだよ!
この野郎!
彼らの会話は弾んでるがこっちはそれどころではない、
時折彼がウンチクを言うたびにフォローをしてるが、しっかり聞いてないぶん締まりが悪い。
「そうだマスター、ウイスキーもお願いします」
はい、一瞬声が裏返りそうになった。
もう駄目だ、完全に無くした、この短時間で、死にたい。
ウイスキーを準備し、テーブルにグラスを置く瞬間。
あっ、思い出した。
さっきのトイレ行く前に棚から出して一緒に持っていったんだった。
こんなにも安堵したのは何年ぶりだろうか。
よし、幸い店内は彼らだけだ、トイレに行って箱を取り行くだけの簡単なミッションだ。
でもそんなことをも許さないのが私の人生だ、
突然彼女が立ち上がる、もしや?
その進行方向はトイレであることは一目瞭然だった。
非常に不味い、男女兼用だから確実にバレる。
彼女がトイレに入ると、
彼から「ちょっと何してるんですか!?早く出してくださいよ!」
「すみません、ちょっと待ってください!
静かにしないとバレちゃいますよ!」
もうバレてるけどね、
それとなんだ、既に私には知ったこっちゃない。
彼女が出てくると、赤い箱を手に歩いてきてる。
「マスター!洗面台に落し物がありましたよ」
それを彼が確認すると、
睨まれてるのがハッキリとわかった。
私は咄嗟に
「ありがとうございます、この忘れ物は彼の忘れ物ですよ」と箱を彼に渡した。
私自身の頼まれごととミッションはグダグダになってしまい、
私自身は失敗してしまったが、それを知らない彼は大変満足してくれていた。
このことは誰にも言うまい。
そして二度と頼んでくるなよ!
それでは今日のお話が楽しめたなら、次のお酒を頼んでいただければ嬉しいです。
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